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「露地野菜生育予測 API 」
開発者インタビュー

露地野菜生育予測 APIとは

露地野菜生育予測APIは、農研機構が開発した露地野菜の生育予測を行うAPIです。

WAGRI会員のICTベンダー(ベンダー)は、この露地野菜生育予測APIを利用して予測情報を受け取り、自社で開発するアプリケーションで、予測情報を分かりやすく表現してエンドユーザーである生産者や流通事業者などに提供します。

エンドユーザーである生産者や流通事業者は、ベンダーアプリを通して農研機構の予測情報をそれぞれのニーズに合わせて利用することができます。

露地野菜生育予測APIの概要
図1. 露地野菜生育予測APIの概要(農研機構 野菜花き研究部門 佐藤文生様 提供)
露地野菜の多くは、生育が盛んな時期に収穫しますが、生育が進むと重量やサイズが大きくなりすぎるなど出荷規格を逸脱してしまうため、収穫適期を的確に捉えることが重要です。一方で露地野菜の生育は、気象条件によって変動しやすいため、正確な収穫適期を直前まで把握できないことが多く、適期を逃してしまうことによる単収の減少、廃棄の発生が問題となっています。
葉物野菜の株重量、規格外品率、単収の関係性
図2. 葉物野菜の株重量、規格外品率、単収の関係性(農研機構 野菜花き研究部門 佐藤文生様 提供)

これまで収穫適期の予測は、熟練した生産者の勘・経験によって行われていました。しかし本APIでは、WAGRIに実装された気象データと生育データに基づいた生育ブログラムのシミュレーションによって、この収穫適期の予測が誰でも簡単にできるようになりました。

現在、予測可能な露地野菜の品目は、予測ニーズの高いキャベツ、レタス、ブロッコリー、タマネギ、ホウレンソウ、葉ネギの6品目です。

このAPIを組み込んだアプリを活用することにより、生産者や中間事業者は、経営の判断において有益な情報を手に入れることができ、以下のような効果が期待できます。

生産者:単収向上・作業効率向上・有利販売・廃棄ロス削減・輸送コスト削減

中間事業者:欠品リスク回避・輸送コスト削減・有利販売・廃棄ロス削減

期待される予測の効果
図3. 期待される予測の効果(農研機構 野菜花き研究部門 佐藤文生様 提供)

そこで今回は、これからの活用が期待されているこの露地野菜の生育予測APIの開発に携わった方にインタビューを行い、APIが作られた背景や経緯、仕組み、導入するメリット、今後の展望などをお話しいただきました。

お話をうかがった方

露地野菜生育予測 API 」開発者インタビュー

佐藤 文生(さとう ふみお)氏

所属:野菜花き研究部門 露地生産システム研究領域 露地野菜花き生産技術グループ グループ長

流通の変化がAPI開発の背景に

—— まずは露地野菜生育予測API開発についての経緯・背景についてお聞かせください

佐藤:昔から農業気象学という研究分野があり、作物への気温、日射量が与える影響については長年研究されてきましたが、今回開発したような生育予測の情報を生産者が実際に必要とするようになったのは2000年代になってからのことです。

理由としては、食のスタイルが、これまで主流だったスーパーで食材を購入して家で調理する内食から、お惣菜や冷凍食品等の調理品を買う中食や、レストランで食事をする外食へのシフトが進んだことが挙げられます。

これまで産地では収穫した野菜を主に内食向けに市場に出荷していました。市場では集荷量の多少に応じて価格が動きますが、野菜を購入する消費者はある程度これを許容してきました。しかし、中食や外食では一定の数量、価格で製品やメニューを消費者に提供することが求められます。

それに伴って、原料の野菜を産地から実需者に繋ぐ中間事業者も、定時、定量、定質、定価格といういわゆる4定で流通させる必要がでてきました。その結果、産地では事前に取引数量や価格をある程度定めたうえで生産する契約栽培の取り組みが増えています。

野菜の流通形態
図4. 野菜の流通形態(農研機構 野菜花き研究部門 佐藤文生様 提供)

佐藤:しかしながら、気象に左右されやすい露地野菜の生産では、必ずしも契約どおりに出荷できるとは限りません。出荷の過不足は常に生じますが、その情報把握が早ければ早いほど、取引先との需給調整によって出荷過不足の経済的な損失を防ぐことが可能となります。予測ニーズ高まりの背景には、冒頭で触れている適期収穫による単収の向上、廃棄の削減に加え、こういった出荷、流通場面での事情の変化があります。

—— API開発は具体的にいつスタートしましたか

佐藤:API開発としては、3〜4年前からです。生育予測のプログラムは以前からあり、必要に応じてプログラムを利用者に提供していました。

しかし、生育予測プログラムは、その地域の品種や栽培に合わせた計算式の調整が必要となります。プログラム単体の提供では、その後の対応ができなくなるため、常に開発者による対応を可能とするためにAPIとして提供することにしています。

 

—— 現在6品目の露地野菜が予測対象ですが、増やす予定はありますか

佐藤:ダイコンやニンジンなどの根菜類のニーズが高いので、現在開発に取り組んでいます。来年(2023年)に追加予定です。

 

コスト削減やリスク回避活用できる生育予測API

—— APIを導入した場合、もともと期待されていた単収向上や食品ロスの削減といった効果以外に、エンドユーザーである生産者、流通業者にとってのメリットはありますか

佐藤:前段で述べたような出荷の過不足時の需給調整を、余裕を持って行えるようになったということがありますが、これに加えて取引先の信用度が高まったというメリットも挙げられます。

以前は、人の主観的な判断で過不足を伝えていました。そのため、人によって判断が変わったり、伝える情報が曖昧で取引先から信用してもらえなかったりして、調整交渉が難航することがありましたが、APIによる予測という科学的なデータを用いることで、スムーズに交渉が進むようになったという声があります。

さらに、作業計画の策定に役立ったという声もありました。職員を雇用している農業法人は、いかに効率よく人員を配置するかというところが経営上の課題になります。APIを頼りにして追肥や収穫といった作業を作物の生育に合わせて計画することが可能となり、無駄のない人員配置が実現した点でメリットを感じたという声をいただきました。

もうひとつ作付計画の例もあります。大規模な生産者は、借地圃場で生産していることが多く、分散する多数の借地圃場の作付計画にかなりの時間をかけます。この時にAPIを使って様々な品種の生育をシミュレーションしながら作付計画を立てることで、圃場毎の収穫時期の先読みができ、この時期にこの圃場でこの作物を植えても収穫できない、この品種ならば植えられる(収穫できる)などの計画の策定がしやすくなったそうです。

—— ICTベンダーからの反響についてはいかがですか

佐藤:ベンダーの方は、多くの場合、システム開発と同時に生産者の技術面や販売面でのコンサル的な活動も行っています。そこで、このAPIを使った生育予測情報をユーザーの生産者に提供すると、とても頼りにされるそうです。そこで生まれた信頼から、結果として生産者との間に他のビジネスの可能性が広がってきたという声がありました。

—— なるほど。そのような声もあるのですね。
—— それでは、研究者の立場で、ベンダーや生産者の方に期待していることはありますか
佐藤:本APIから出す情報は非常にシンプルで、作物重量などの1日ごとの予測値です。ただの数値の羅列でしかありませんので、その情報だけではユーザーにとって意味のあるものには見えないと思います。 その情報をさらに加工して、いかにユーザーが欲するような情報としていくかといった情報の見せ方が非常に大切です。そういった点は、ユーザーのニーズを聞きながらアプリケーションを開発するベンダーに期待したいところです。その上で、受け取った情報を活かし、どのように経営判断するかは、各ユーザーの方に期待したいですね。 事例としては、ある農業法人が、作業員の限られている中で、どれだけ作業を効率的に進められるか、作業員のキャパシティと、栽培できる期間を計算で出せるような仕組みを作った例があります。ここは実際に、収量も適宜上がっていきました。
—— 露地野菜の生育予測APIを導入することで、農業がどう変わると思いますか

佐藤:地域をまたいだ情報共有が進むことで、野菜供給の産地間連携が今以上に増えてくると思います。

露地野菜の生育期間は気象条件に依存しますので、出荷時期は産地毎に異なります。野菜を調達する中間事業者は、出荷時期が異なるいくつかの産地と取引契約を結ぶことで、納品先に周年を通じて供給できる体制を築いてきました。

しかし、野菜の収穫期間は気象条件で前後します。時には前の産地と次の産地との間に調達の空白期間ができてしまうこともあります。このような時には、中間事業者は、欠品を避けるため、海外の産地から調達して穴埋めをせざるを得ず、それがいつしか定まった調達ルートの一つとなることで野菜の輸入依存度が高まってきました。

今のところ、産地では電話等での情報交換くらいでしか他の産地の生産状況を測り知るすべはほとんどありません。今後、生育予測APIの導入が進み、多くの産地で出荷予測情報がデータ化されると、互いの情報を常に共有することも容易となります。

出荷情報の共有は産地の手の内を見せてしまうことになりますが、産地にとっても、お互いの産地で出荷時期が重なってしまうと、品余りとなり安値販売や圃場廃棄などを招いてしまうので、情報共有のメリットは大きいと考えます。すでにいくつかの産地では、産地間連携の取り組みが少しずつ始まっています。また、大きな生産法人では、生産拠点を全国的に展開し、自社内で産地間連携する動きがあり、今後、こういった経営が主流になってくると思います。

デジタル情報を活かし、取引先の信頼獲得や研究面での成果に

—— 露地野菜の生育予測API開発で力を入れたところや課題などがあればお聞かせください

佐藤:まずは、予測が当たるようになることが一番重要です。そのために、日射量や気温に対する作物の反応をいかに忠実に捉えて生育を再現させるか、というところに力を入れました。野菜には多くの品種があり、栽培方法も実に多様です。

これらによって作物の生育パターンや速度は変わりますので、精度よく予測するためには、それぞれの品種や栽培方法に応じて予測の計算式を変えなければなりません。正確には、予測の計算式の係数を調整するということになります。この部分に力を入れてきましたが、全国に数多くの品種、栽培方法がある中、我々だけでは対応しきれない部分でもあります。今後は様々な機関と連携しながら進めていきたいと考えています。

また、予測は気象データを基にしていますので、その信用度が重要です。現地に気象観測器を設置して気象データを得る方法もありますが、センサーの設置位置が異なっていたり、場合によっては不適切な設置をしていることもあります。そもそも設置に費用が掛かります。この点では、WAGRIに実装され、共通の気象データソースとして利用できるメッシュ農業データの活用は、生育予測APIの展開において有効に機能すると考えています。

キャベツの重量の予測精度(約1カ月前の生育情報(株張り)から生育モデルで予測した重量と実測した重量を比較)
図5. キャベツの重量の予測精度(約1カ月前の生育情報(株張り)から生育モデルで予測した重量と実測した重量を比較)(農研機構 野菜花き研究部門 佐藤文生様 提供)

佐藤:また、現場からの作付け情報が集まりにくいことも課題です。現場では、作付日等の作業内容を手書きで記録することも多く、これを予測に使う場合、データ化する必要が出てきます。現場の作業者が、負担なく作業内容をデータ化する仕組みを作る必要があります。

この点については、今はスマート農業の時代を迎えつつある中、様々な作業管理アプリが開発されています。スマートフォンなどで現場の作業を適宜記録してデータ化してアプリで管理するという流れができつつあります。また、ドローンを飛ばして空から作物の生育状況を撮影して作付情報を取得する技術も生まれてきています。これらのアプリやドローンの情報から生育予測APIに必要な情報を自動で受け取れる仕組みを作れば、生産者が手入力しなくても情報が入ってくるようになるので、それを進めようとしているところです。佐藤:

—— 現在はAPIに向いた、データが集めやすい時代なのですね
佐藤:そうです。我々は予測情報を提供するだけでなく、栽培管理システムなどとも連動できればと考えています。作付圃場や作付日、収穫日を情報として受け取れると、流通・小売のシステムなどともスムーズに連動して情報を渡すことも可能となりますので、トレーサビリティとして機能していくことが期待されます。 例えば、取引先のレストランなどで野菜についてクレームがあったとしましょう。原因が何だったのか、このAPIのデータがPOSシステムにもつながっていくようになれば、どこの圃場でどのような栽培管理によってつくられたものなのかが瞬時に分かり、すぐに答えが出て返事を返すことが可能になります。今は、トレーサビリティの対応も、契約取引の条件として重要な要素になっています。取引先からのクレームに対し、1日経たないと返事ができないのと、数分で返事ができるというのでは、まったく違いますので、産地側のメリットになるのではないでしょうか。
—— 現場ではなく、佐藤さんたちの研究面で役立ったこと、メリットはありましたか

佐藤:はい、生育予測APIでは、生理障害が発生したときの情報などもデータ化し、WAGRIを介して蓄積できます。

これにより、生理障害の発生条件などがわかるようになります。例えば、葉縁の褐変症状を起こすチップバーンというカルシウム欠乏による生理障害があります。これは、高温や乾燥など気象的な要因が関係しているといわれているのですが、実際のところよくわかっていません。ですがこのAPIにより、全国の現場の圃場で、発生の状況について気象情報も併せてデータの収集が可能になりました。

生育予測APIの利用拡大が今後進めば、全国的な生理障害の発生状況の網羅的な解析が可能となりますので、今まで不明だったことも分かるようになることが期待されます。

露地野菜生育予測APIの展望

—— 今後利用者がどう増えてほしいか、また、これからの展開などについて教えてください

佐藤:API利用者が増加すれば、情報量も増えて予測もより精度が上がり、さらに安定運用できるようになります。機能向上のためにも、折に触れて利用者を増やしていきたいと考えています。具体的な数字としてはできればICTベンダー10社ほど、その各ベンダーにユーザーがそれぞれ200人ずつほどのイメージです。

—— エンドユーザーとしては2000人くらいですね

佐藤:はい。また現在、予測のための気象データは、WAGRIから日射量と気温を使っていますが、農研機構内には、土質や肥料の効き方などのデータもあります。今後はさらにこれらのデータとも連携し、露地野菜の生産で直面している様々な課題に対応できるような生産管理技術の開発に繋げていきたいと考えています。

—— ありがとうございます。最後にこの露地野菜の生育予測APIや、これからの研究について何かコメントがあればお願いします

佐藤:生育予測というのは、熟練した生産者からすると、作物を見るだけでもある程度判断できるため、「見て分かるものは必要ない」と感じるかもしれません。

ですが、この生育予測APIでは目で見えないことも分かります。具体例としては、キャベツなどの抽苔(とう立ち)なども予測することができます。こちらは熟練した生産者にもかなりのニーズがあり、来年から再来年には実装することを検討しています。このように幅広い利用者から必要とされる情報を、この生育予測APIで提供できるようにしていくことで、生育予測APIが農業生産や流通の場面になくてはならない存在となるようにしていきたいと考えています。

(作成・インタビュー)
2022年度 WAGRI WEBサイト改修 委託事業者 (株)ソフトビル

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